こんにちは
ぼくが文章を書くとき、それはブログでも社内メールでも企画書でもなんでもそうですが、意識していることがあります。
それは「型ぐるしくならない」こと。
ぼく自身が、あまり難しそうな面構えをしたものを読むのが得意ではないので、自分でも読む気になるか、というのをひとつの基準として書くようにしています。
そんななかで目指しているのは、文字の量をできるだけ減らして言いたいことを伝える、というのもそうですが、それ以上に「ひらがな」をうまく使える人になりたい、と思っています。
ぼくの好きな書き手はみな、ひらがなをとても魅力的につかって、全体の力を抜き、読みやすい文章に仕立てています。
村上春樹さんの小説やエッセイ、糸井重里さんのコラムなど、そんな感じがします。
また社内でも、ひらがなを意識して使っている人のメールからは、なんとなく大らかさや懐の深さがにじみ出ています。
対して、専門用語を多用するカタカタ派や、変換できるものはかたっぱしから漢字にしてしまう漢字派も一定数存在します。
というよりも、そっちの方が多数派です。
ひらがなを使えばいいというものではありません。
それで読みにくくなってしまえば本末転倒。
その塩梅はけっこう難しいものです。
でもぼくはやはり、使いこなせるようになりたい。
ここまで書いてきて思ったのは、ひらがなは、書き手の人に「伝えたい」という想いや誠意を表しているものかもしれない。だからそれをうまく使える人のことを、なんとなく好きになってしまうのかな。
レッスン受け放題のプレッシャー
こんにちは。
DMM英会話、やっています。
はじめて3週間くらいで、現在8回のレッスンなので、まあまあのペースかなと思います。
レッスンは、講師の空き状況から毎回ほぼ違う人と話すので、それなりに緊張します。
たとえば23時から予約を入れた日なら、それまではあまり落ち着かない時間を過ごすことになります。
レッスンが始まってしまえば、楽しく満足度もあることはわかっているのですが、いつも「今日は受けるかどうしようか」と葛藤します。
定額でレッスン受け放題のプランですが、「受け放題」というのが、意外と心に負担を生むことを知りました。
受けるも受けないも、すべて自分の意思だからです。そして受けない日は、なんとなく「サボってしまった」という罪悪感が生まれてしまうのです。
そこで、自分の中で1日やったら次の日は免除、というルールを作りました。
平日の夜は、ランニングや海外ドラマなどやりたいこともたくさんあり、1日頑張ったら、次の日は楽しみに費やす。そうやってうまくバランスをとりながらの方が、結果的に長続きするような気がしています。
ぼちぼち頑張ります。
東京
久しぶりに出張で訪れた。
相変わらずとんでもなく人が多いし、建物は密集している。
うっかり帰宅ラッシュ時に乗ってしまった電車は地獄だった。
昔は東京にしかないものもたくさんあったが、今はそんな時代でもない。
地方都市にいてもたいがいの店はあるし、言わずもがなだけどWEBでなんでも手に入る。
店やモノはどこにいてもあまり変わらないが、ひとつ明らかに違うものがある。
それは「人」だ。
こんな人、東京にしかいないよな~という人がたくさんいて、眺めていると飽きない。
めちゃくちゃオシャレな人、すごいお金持ちそうな人、いかにも野心にあふれギラギラした感じの人、思わずガン見してしまうほどの美人・・・
街を歩いているだけでも、とても楽しい。
いろんな個性があり、それが普通のこととして溶け込んでいる。地方人から見た東京はそんな都市だ。
そしてその懐の深さと広さが、街としての元気さや強さを生み出す源だと感じた。
もしかすると、自分の住む町や地方の活性化も、そんなところにカギがあるのかもしれない。
舗装道路について考える
こんにちは
なぜか今ごろ、昨年買った冬用革靴の靴ズレに悩まされてます…
くるぶしのところがあたって、激しく痛いです。
絆創膏くらいでは厚さが足りず、ティッシュを折りたたんではさんでます…
そんな痛みの中、気づいたことがあります。
平坦な道を歩くと、あまり痛くありません。
ちょっと凹凸のある道だと、足の角度の関係でくるぶしと靴がこすれ、痛むのです。
つまり、地下の舗装された道や建物の中は楽ですが、外の雪道は辛い。
普段あまり意識していませんが、舗装されているかどうかで、足の使い方や負担がだいぶ違うようなのです。
今は舗装されていない道を探す方が難しいですが、うちのまわりはまだ芝生や土の道や広場がたくさんあります。冬は雪道です。
子どもの頃からそんな道を歩く機会があるのと、舗装された道のみ歩くのとでは、運動神経やバランス感覚にも少なからず影響があるんじゃないかという気がします。
ただの靴ズレの痛さ加減から思いついただけですが、運動オンチなうちの子たちにとっては、この田舎生活も悪くないかもしれません。
初志貫徹!オンライン英会話はじめました
こんにちは
年始に目標に掲げた通り、オンライン英会話をはじめてみました。
今のところ、とてもいい感じです。
会社としては、まず月額最安値ラインである5000円代であること。そしてある程度企業規模的にサービスが洗練されていそうという理由で、DMMを選択したのですが、講師の質や予約システムの使い勝手など、期待を裏切らないものだと感じています。
最安のプランではネイティブの講師は選べないのですが、まずはとにかく英語でたくさん会話したいぼくにとっては十分満足できるレベルです。
むしろフィリピンやセルビアなど、普段生活しているとあまり情報が入ってこない国の人たちとの会話は、とても刺激的です。
どちらの国でもゲームオブスローンズが圧倒的に人気であることとか、フィリピンでは法律により離婚できないとか、へえ~の連続です。
ぼくは毎回、自己紹介&多少のフリートークの後、テキストを用いてのレッスンを選択していますが、基礎的な内容の中にも初見の単語がちょこちょこ出てきて、いいバランスに感じています。
人気の講師はなかなか時間も合わず、これまで6回のレッスンはすべて違う人なので、その都度多少の緊張感はあります。また、毎週決まった時間に通う講座と異なり、スマホでいつでも手軽に予約/キャンセルできるシステムは、やるもやらないも自分次第で、ともすればいくらでもサボれてしまいます。
とはいえ今のところは効果を実感できており、一年間続けることができれば、昔オーストラリアに滞在していた頃くらいまでの英会話力を取り戻せるんじゃないかという気がしています。
以上、オンライン英会話の中間報告でした。
やっぱり世の中は良い方向にに向かっている
いや、ずいぶんたいそうなタイトルをつけてしまいましたが、最近の嬉しいニュースを聞いてそんな印象をうけました。
ひとつはASKAがニューアルバムを発売するということ。
もちろんいろんな印象をもつ人がいると思いますが、昔からのファンとしては、新作を聴けるのは純粋に嬉しいことです。
ましていろいろあった後の作品。どんな歌が歌われているのか。とても興味があります。
Amazonだけでなく、大手CDショップでの販売も決まり、テレビ出演のオファーもあるとかないとか。
薬物事件を起こした有名人としては、異例ともいえるような早いタイミングでの復帰ではないでしょうか。
これには、ASKA本人が書いているブログが大きな役割を果たしています。
マスコミで報道されている内容を訂正・否定できるという意味合いもありますが、何よりそこに書かれてある文章それ自体が、彼の人となり、そして誰も否定しえないアーティストとしての才能を示し続けているからです。
そして、そこに連なるファンのコメント。
それを見ていると、彼の自己満足だけでなく「商業的」にも成功していきそうな勢いを感じます。
その勢いに押され、徐々にテレビをはじめとするマスコミのトーンも「ASKA寄り」に転じてきています。
これがもしWEBが存在する以前の世界だったら(ほんの15~20年前の話ですが…)、おそらくASKAの新作を聴けるのはまだ何年も先のことだったはず。
今回のASKAの復帰は、WEBによって世の中が少しだけよい方向に向かっていることを感じられるものとなりました。
そしてもう一人。
それは清原和博です。
彼も本人の非以上に、マスコミ報道によって破滅に導かれたように感じています。
そんな彼を応援する小さな、でも力強い動きがあります。
それはWEBではなくマスコミから。Numberです。
昨年9月に発売された「清原和博特集」は編集長の強い想いで実現されたとのこと。
そしてそれをベースにした新刊「清原和博への告白」も発売されています。
またプロ野球、名球会のOBたちが折に触れ彼を気遣うコメントを発するなど少しずつ氷が溶けていくように、世の中に彼を受け入れる土壌が生まれつつあるのを感じます。
罪は罪として罰せられるのは当然ですが、その「罪の重さ」以上に不当ともいえる加熱報道で、「悪人」のレッテルを貼られ社会から消えかかったASKAと清原。
そんな二人が、今また「正当な」評価をされ、応援されている姿を見ると、世の中捨てたもんじゃないな、と感じたのでした。
世間を騒がせているあの問題の件
こんにちは
APA問題が燃えています。
ぼくは過去の歴史に関して語るべき知識をもたないので、この本に書かれてある内容に関しては何も言えません。(というかそもそも読んですらない)
ちょっと思うのは、このAPAホテルの方は一民間人である以上、自分の主張を発信する自由は守られるべきだということ。
そして同様に、その主張を批判するのも自由であるということ。
ただ、この手の話は決してポジティブな結果を生まないので、日本に興味をもち訪れてくれる、中国をはじめとする外国人の方たちと溝が生じてしまうのは残念に思います。
一方でこのAPA代表の方に対しては、ビジネスへの影響を顧みずに自分の信念を貫ける心の強さという点で、ちょっと尊敬してしまいます。
過去に、ある電力会社の、それが原発のPRにつながることがわかっている仕事のコンペに会社が参加することになり、そのチームに入るよう打診されたことがあります。
心理的にはとても抵抗があり、そんな仕事には関わりたくないという気持ちがあったにも関わらず、ぼくは結局、社内の人たちに対してすら自分の意見を貫けず、チームに参加しました。
その後コンペにも敗れ、結果的には原発PRに何の貢献も果たしてないわけですが・・・
そんなわけで、その思想にまったく賛同はできないながら、彼の精神力の強さに驚嘆し、あれだけの企業を築き上げる人はやっぱり違うな~と、妙に感心してしまったのでした。