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にほんご練習帳

思ったことや感じたことを文章に表現する訓練のためやってます。できるだけ毎日続けようと思ってます。

センスがないと嘆く自分に贈ることば

こんにちは


正月には「毎日書く」と意気込んだこのブログも、最近はすっかりサボり癖がついてしまいました。


サボり当初は、ちょっと忙しかったり、書くことが思いつかないなど、自分の中で言い訳を探したりもしましたが、最近はそれすらなくなってきており、このへんで一度立て直しておかないとまずいな~と思っていたこの頃です。(とかなんとか言いながら、huluでドラマ観てたらもうこんな時間‥今日はもう寝るか。の繰り返しorz)


そんな中、今日読んだ記事にとても心動かされるものがありました。



自分はセンスがないと思っている人へ
http://www.advertimes.com/20160613/article227060/


この中で出てくる「アイラ・グラス」という人のことば。



 -仕事をはじめて数年もすると気がつくんだ。自分のつくっているものがそこまで良くはないんじゃないかと。悪くはないかもしれないが、素晴らしいとは言い難い。こうなりたいという理想はあるんだけど、そこまで達していない。


この気持ち、本当によくわかります。仕事にも当てはまりますが、ブログについても同様です。ぼくがだんだんとブログから遠ざかる理由、その中には「自分の文章に嫌気がさす」というのもあるのです。それなりにあれこれ考えて書いたものも、あとから読み返すと「う~ん、ツマラナイ・・・」となります。そしてその道のトップランナー達のブログや文章を読み、ますます打ちのめされる。そうすると少しずつ少しずつ、心のうちにあったはずの炎が小さくなっていくのです。


この記事には、そんなぼくにもう一度勇気をくれることばがありました。




 -ただ持っているセンス。良いものかどうかが判断できるそのするどい目、それ自体はいまだに健在している。センスがあるからこそ、自分のつくっているものがそんなに良くないとわかって落ち込むんだ。 わかるかい?



さらにこう続きます。


 -ここで一番重要なのは、ただひたすら多くの仕事をこなすこと。(中略)量をこなしていくことが、理想と現実のギャップを埋めていく唯一の手段なんだ。




そうなんです。すごい人たちの文章を読んで自分のセンスを嘆くヒマがあったら、さらに一つでも二つでも、書いてみるしかないのです。


ぼくは自分の子どもによく言います。「誰かと比べることに意味はない。過去の自分より一歩でも進歩すれば、それは素晴らしいことだよ」と。


ああ、俺よ、それを俺に言ってやってくれ・・・


かくして、ぼくの心には再び(三たび?)燃料が投下され、書き続ける炎が燃え盛ったのでした。