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にほんご練習帳

思ったことや感じたことを文章に表現する訓練のためやってます。できるだけ毎日続けようと思ってます。

新聞について

今日は備忘メモを兼ねて。

個人的には、テレビが見られなくなっている原因の一つは、新聞が読まれなくなっているから、と思っている。

毎朝、そして手持ちぶさたなとき、新聞のテレビ欄にざっと目を通すことで「こんなのやってるなら見てみようか」となる。新聞がないと、ハードディスクに自動録画されるやつとか、つけたらたまたまやっているやつとか、そういうものしか見なくなる。

テレビについてはまた書くとして、じゃあなぜ新聞が読まれなくなっているのか、を考えてみたい。
それは料金と得られる価値が合ってないから、に尽きるだろう。

だいたい月に4000円。払えない金額ではない。1回飲みに行ったり、家族で回転寿司に行けば5~6000円は使ってしまう。でも新聞が「競合」するのはそこじゃない。有用な情報や便利さを与えてくれる「サービス」が相手となるだろう。

たとえばAmazon primeは年会費3900円。それでamazonの配送料が無料。プライムビデオやmusicが使い放題である。

また、格安SIMを使っているぼくの通信料金は月に1700円くらい。新聞購読料の半分にも満たない。スマホで得られる情報のごく一部に過ぎない、特定の新聞に月4000円というのはいかにも高すぎる、というのが率直な感覚だ。

じゃあ仮に新聞に4000円払うとして、どの程度のサービスが提供されるなら納得感があるだろうか。たとえば映画がいつでも1000円で見られる特典があれば、新聞も購読し、今以上に映画も観に行くようになる気がする。また、同じく時代の流れで苦境に立っている書店と提携して、新刊本が割引価格で買える、というのもありかもしれない。

いたずらに料金を下げることはいいとは思わない。それは衰退を早めるだけ。今の時代にあった「4000円なりの価値」はどういうものか、そこを追求していかない限り、部数は下げ止まらないと思う。