もう10年以上前になる。
南青山にある、前の職場に勤めているときのことだ。
朝の出勤タイム。半蔵門線を降りて表参道駅から根津美術館方面へと向かう道。当時、取引先と少し揉め事をかかえていたぼくは、厳しい残暑にうんざりしながら重い足取りで会社へ向かっていた。
当時はスマホもない時代。ぼんやり前を向いていると、少し先を歩く人の肩にセミが止まった。その人は気づかず歩いている。
少し経って、セミはまた飛び立ち、近くの木に止まった。
のどかだなあと思いながら、なんだかふと肩が軽くなった。
毎日あれこれ思い悩んで悪戦苦闘しているけれど、この広い世界から俯瞰して見たら、自分が関わっていることなんてセミが肩から木に移る程度のささいなこと。何がどうなっても、大したことじゃないよなあ、そんな風に思えた。
それ以来、なにか厄介なことが起きてしんどくなったとき、大きな地球を思い浮かべる。その中でもがく、目に見えないほどささいな存在である自分を思い浮かべる。
すると「まあ大丈夫。大したことじゃない」と思えてくる。
そして実際、だいたいのことは何とかなるんだ。
あのときのセミは自分の人生をどれだけ楽にしてくれたか、計り知れない。