にほんご練習帳

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新聞はもはやメディアではないのか

高広伯彦さんが語るこの記事を読んだ。

【メディア人必読】PVこそ資産だ。高広伯彦に聞くウェブメディアビジネスの本質
https://www.fastgrow.jp/articles/takahiro

 

内容はもちろん非常に勉強になるものだったのだけれど、この記事に出てくる小林弘人さんの「メディアとはコミュニティ」という言葉を読んだとき、ふと「新聞」は、もはやメディアではないのかもしれないと思った。


日経をはじめとする、一部のセグメントされたターゲット向けの新聞は事情が異なるだろうけど、それ以外の大部分の新聞は、共通する読者の価値観やアイデンティティによって選択されているのではなく、単に習慣や、一次情報を消費するためのものとして読まれているだけだろう。
少なくともそれは「コミュニティ」とは呼べない。

 

たとえば新聞がネイティブアドをやろうとしたらどうなるか。
いわゆる「編集タイアップ」や「記事広告」というものは存在するが、ほぼ100%、読む気がおきないつまらないものだ。

それは何より、新聞が提供する「場」や「書き手」そのものには価値がないことを示している。
広告主にとっては、ただ「多くの人の目に触れる」ということだけが価値なのだ。
その「多くの人」という価値さえも、今では(年配者)という但し書きが必要になっている。


新聞が生き残るために、もしかしたら「ネイティブ広告」を成立させるためには、というのがヒントになるかもしれないと思った。

つまりこの新聞だから、この書き手だから読みたい、というコンテンツとしての価値を作っていく必要がある。
その場合、自ずとターゲットが絞られてくることになるだろう。
数は減っても「強い読者」を得ることが必要だ。

 

ただしそうなると、今の体制や販売店システムなどを維持するのは困難である。

 

いずれにしても、今のビジネスモデルのままでは厳しいという結論ではあるけれど…。