今日、糸井重里さんが「幸福というのは『いい時間』を過ごすことではないか」と書いていた。
ほんとにそうだ。ぼくはこれまでの人生、また現在も「幸福だ」と言えるけれど、それはよくないことよりも「いい時間」の思い出の方が多いからだろう。特に子どもというのは
圧倒的に多くの「いい時間」をくれる。もちろんそればかりではないけど、一つひとつの「いい時間」のインパクトがとても大きい。
おそらくペットにも同じことがいえるのではないだろうか。
話が変わって、ぼくは広告に関わる仕事をしているが、その商品をどう見せるかを思案するときに、よく「価値」という言葉が使われる。単に「速い」とか「大きい」という事実だけではなく、それが利用者にとってどんな「幸せ」をもたらすのか、という考え方だ。これも言い換えれば、その商品を使うことで「いい時間」が生まれるかどうか、ということになる。
自分自身の生活は幸福といえるけれど、仕事でもたくさん「いい時間」を生む商品やサービスに携わっていきたい。それがまた自分にとって「いい時間」となるはずだ。