この異常な状況下で、日々、何かしら思うことはありつつ、twitterを中心にあふれる誰かを非難する発言に辟易していることも事実。
noteに書くのは、不特定多数(少数)の目に触れる前提があるから、何かしらの「主張」をしなければならない感がある。それはこのご時世では少し気が引ける。でもただ自分だけが見る日記に書くのは少し味気ない。ということで、一応オープンでありつつ実質的には「ひとり言」であるこちらに書くことにした。
糸井さんの「今日のダーリン」には、珍しくちょっと強い言葉でこんなことが書かれていた。
告げ口や、告発や、批判や、お説教がどんどん増える。人というのは、他の人がバカに見えるものなのだろう。
激しくうなずいてしまう。
ぼくは今回、日本の「クラスター対策班」はじめ、方針決定に関わる専門家の方々を全面的に信頼している。
彼らが発信する情報は極めて客観的で、説得力があると思えるからだ。
中国の次に早く感染拡大に見舞われながら、現時点の死者数でいえば、欧米をはじめとする諸外国よりもかなり少なく抑えられている。これは何より、COVID-19に向き合う「戦略」が、これまでのところ適切だったという何よりの証拠だと思っている。
それにも関わらず、多くの人がいまだにクラスター対策班の方針に反する「PCR検査の拡充」を訴え続けている。
PCR検査の拡充には、もちろん感染者数を多く把握できるというメリットがあるが、大きな問題点もある。どれだけ拡充しようと、PCR検査にはキャパシティがあること(⇒感染者が増えるほど、その「捕捉率」が低くなる)。検査の「陽性確度」が70%程度であり、「陰性確度」も100%ではないこと(⇒感染者が陰性と思って安易な行動をしたり、逆に誤って感染者として隔離されてしまう人が多数出現する)。などが代表的なものだ。
本来のゴールは「感染者数をできるだけ多く把握すること」ではない。「感染をできるだけ抑え、医療機関をパンクさせずに患者を救うこと」であるはずだ。
その意味において、現在の状況がクラスター対策班の判断の正しさを物語っていると思える。
それなのに、アメリカがPCR検査を拡充するというニュースが報道されるや「アメリカだってやっているのに、なぜ日本はやらないのか」という意見が多く湧きおこる。なぜ日本よりも深刻な感染拡大・医療崩壊に陥っているアメリカを「お手本」にしようと思うのか。まったくよくわからない。
おっといけない。ぼくもつい「告げ口や、告発や、批判や、お説教」モードになってしまっている。このへんにしておこう。
とにかく素人のぼくとしては、今後も専門家の彼らが発信する情報を注視し、できる限りその方針に従って行動したいと思う。