にほんご練習帳

思ったことや感じたことを文章に表現する訓練のためやってます。できるだけ毎日続けようと思ってます。

一本のボールペン。丸善の匠。

こんにちは


ぼくは仕事でずっとカランダッシュのボールペンを愛用していました。
社会人になってすぐの頃からなので、もう15年近くになります。インクが切れるたびにリフィルを買い、使い続けてきました。


そのボールペンが、壊れたのです。落としたときに先がひしゃげたようになり、芯が出てこなくなったのでした。


修理をしてもらおうと思いつつ、古いものだし、すぐにはどこに持っていけばよいかもわからず、ひとまず鞄に入れたまま代用の100円ボールペンを使っていました。


そして今日たまたま丸善の前を通りかかったときに、ここなら何か教えてもらえるかもと思いつき入ってみました。


2階のボールペン&万年筆コーナーに行くと、いかにも高級文具マスターといった趣の、ビシッとスーツを着た初老の男性がいました。


その方に「これを修理に出したいのですが...」と見せたところ、すぐにポケットからルーペを取り出して細かく点検をはじめます。そして「これは結構やっちゃいましたね…」「もう無いモデルだから、メーカーに修理に出してもスイスの本社送りになって、それでも直る保証はないかもしれません」と言いました。


その点検の仕草や物言いから、その人が完全に信頼できるプロ中のプロであることがはっきり伝わってきました。


ちょっと待っててくださいと言い残し、奥の自席に戻って再びルーペで覗いたり、光を当てたりしながら、おもむろに工具を取り出し作業を始めました。


その間も、「先端がつぶれるほどの衝撃なのに、中の軸にゆがみがないのはさすがにカランダッシュですね~」とか「これは本当に書きやすいでしょうね。間違いない!」など、ずっと嬉しそうに語っています。


そんなこんなで5分ほど待っていると、「これでいけるかな?」と言いながらカウンターに戻ってきました。


そこでもすぐに芯を通すことなく、まず専門のライトのようなものを当てます。「落としたときに中にもヒビが入ると、光はまっすぐ通らないのです。これを見てください。完全に一直線に光が通ってます。中に影響がなかったのは不幸中の幸いでした」

そして芯を通します。無事に先端を通ってスムーズに出てきます。


ぼくは、直ったことはもちろんですが、それ以上にその人のふるまい、ペンに対するあふれんばかりの愛情にすっかり感動し、なんだか胸がいっぱいになりました。


「金属は再現性がありますから。今は無理やり形を戻しましたが、今度落としてしまうとずっとやっかいなことになります。気を付けてくださいね。」そして自分の懐からペンを取り出し言いました。「私はこれを35年使ってます。このカランダッシュもこの先ずっと使い続けられるものだから、どうか大切にしてください」


ぼくはただ「ほんとうにありがとうございました」との言葉しかありませんでした。
財布を取り出し「お代はいくらですか...?」と聞くと、にっこり笑って言いました。「修理でお代はいただけません。今後商品を買っていただけたらありがたいです」



ぼくは今日この時まで、丸善という昔ながらの文房具屋さんが今でも商売として成り立っていることに、正直言って不思議な気持ちを持っていました。もしかすると実際に経営は苦しいのかもしれません。でもこのレベルの「文具のプロ」は、なかなか探しているものではありません。そしてそんなプロの接客に触れ、ぼくのように「ファン」になる人も少なくないはず。

今日はボールペン一本のこと、そして丸善にとっては一円の売上にもならない行為ですが、それが1人の客を感動させ、「今後は何かあったら丸善」との気持ちを生みだしました。


ぼくはこのことを忘れないし、こうしてブログに書き、家族や友人にも話すでしょう。

企業やお店の「ファンを作る」ことの有効性は昨今よく語られます。それは目先のわずかな利益に固執せず、誠心誠意接客し、何よりプロフェッショナルの技がある。その3つが揃って初めて実現するものだということを、身をもって感じたのでした。