にほんご練習帳

思ったことや感じたことを文章に表現する訓練のためやってます。できるだけ毎日続けようと思ってます。

カメラが写したもの

実家で大掃除をしていて、昔の写真が大量に出てきた。
両親と離れて暮らすようになってもう25年になるから、かなり久しぶりなものばかりで、すっかり手を止めて見入ってしまった。


父がご自慢のフィルムカメラで撮った写真がほとんどだから、写っているのは基本的に父以外の家族ばかり。だけどそんな幼い頃のぼくや姉、若き日の母の写真を見ていると、そこに紛れもなく父を感じた。


笑顔を向けているもの。なんだか変なポーズをとっているもの。ぼくらが気づいていないうちにこっそり撮った何気ない表情をしたもの。
「父が見たもの」がそこに写っていた。
そして、父がどんな気持ちで撮っていたのか、そんなことが手に取るように伝わってきた。


いつかぼくが撮った写真を見て、子どもたちも同じように感じるだろうか。

ワーホリ体験記(ホームステイ時期篇)

ケアンズでの生活の第一歩として語学学校に入ることは決めていた。さらに学校では2週間限定でホームステイ先も紹介してもらい、その間に生活拠点となるシェアハウスを探すことにした。

学校からの説明では、ホームステイ先にはすでにスイスとオーストリアからの留学生がふたり住んでいて、なんと19歳と20歳の女の子だという。家に到着するまでのあいだ、軽い胸の高鳴りを覚えていたことは否定できない。


果たして彼女たちは、とても健康そうな娘さんだった。どちらも体重はぼくの1.5倍はあるだろう。高鳴りは静かに収まった。
もっとも向こうは向こうで貧弱なアジア人の男には何の興味もなかっただろうけど。

 

とはいえ彼女たち、リサとバーバラはいつも明るく親切でそれなりに仲良く過ごしたし、ホストである中年女性ブレンダも含めた四人での共同生活は驚きの連続で、いま思えばなかなか面白かった。

 

いきなりの衝撃。なんとブレンダは菜食主義というのだ。ぼくらの食事にも肉が一切出てこない。これは辛かった。学校も学校だ。紹介するときに説明くらいしろよと恨んだがあとの祭り。まあ仮に事前に説明されていたとしても、当時のぼくは二人の若き乙女の存在に目が眩んでいたから、いずれにしても受け入れてたことだろう。

 

2つ目の衝撃。ぼくの部屋には椅子がない。ブレンダ愛用のバランスボールを椅子代わりに使えという。そもそも学生用の部屋は2つしかないところにぼくまで受け入れたらしい。ブレンダよ、たくさん稼ぎたいのはわかるが、さすがに雑すぎやしないだろうか。

 

3つ目。家事は分担。それに異論はない。食事後の食器をバーバラが洗いリサが拭いてぼくが棚にしまう。目を疑ったのはバーバラからリサに渡される食器が泡だらけだったこと。「すすぐ」プロセスが完全に存在しないのである。リサは当たり前のようにちゃちゃっと拭いてぼくに渡してくる。ヨーロッパやオーストラリアとは水資源の貴重さに対する感覚が違うのだろうか、なんて考えたりもしたが、それならせめて洗剤ももう少し控えめにしてほしいな。

 

またある日、洗濯物をぼくとリサで庭に干すことになった。彼女のものを含めて女性の下着がどんどん出てくる。なんだかぼくの方は気恥ずかしいのだがリサはまったくおかまいなし。モノに魂は宿らない欧米の物質主義のもとでは、カラダを離れた下着はただの布きれということだろうか。だとすると下着泥棒なんてものも存在しないのだろうか。世界は広い。


女性に囲まれた毎日で、癒やしの時間といえばブレンダの愛犬であるシーズーとの散歩だった。彼と近所の公園で遊ぶのは毎朝の日課で、わずか数日の付き合いとは思えないほど仲良くなった。

 

わずか2週間ではあるけれど、これぞカルチャーショックという出来事のオンパレードのなか過ぎていった日々だった。

 

ホームステイはやはり気疲れするし、また経験したいかと言われれば一度で十分という感じはする。

けれど、みんなでリビングで映画を観たり、天気のいい日に気持ちの良い空の下テラスで食事をしたり、ピクニックに行って池で泳いだり、そんな瞬間を思い返すと、それなりに「ファミリー」だったなと感じる。10ヶ月にわたるワーホリ生活のスタートを一緒に過ごしてくれた彼女たちを、愛おしく思い出すのだ。


オーストラリアで過ごした日々からもう16年が経つ。でもこうして書いていると次々に鮮やかな記憶が蘇る。ぼくが今のところ、これまでの人生に悔いがないと言い切れるのは、あの夢のように楽しかった10ヶ月を経験しているからだろう。そのくらい大きな出来事だった。


また気が向いたときに断片的に書き綴っていきたい。

リスペクトとは何か

彼らは「報じなかった」

そこにイチローに対する “Respect” が凝縮されていたのだと思う。


引退は数日前に正式に決まっていたという。その第一報を伝えるマリナーズtwitter画像がきちんと作りこまれていたことからも、準備ができていたことを感じさせた。でも日本にいる限り、その情報は漏れてこなかった。試合後の会見までのドタバタや手際の悪さを見ても、日本のマスコミはほとんど把握していなかったのだろう。


これだけの選手の引退ともなれば、事前に知っていた球団・MLB報道関係者の数は少なくないはずだ。それでも我先にとメディアが報じることはなく、試合終盤でのマリナーズ公式ツイートが第一報となった。


おそらく日本のマスコミではこうはいかないだろう。どこかの記者がかぎつけたら最後、「スクープ」と称して報道合戦が展開されていたはずだ。


でもアメリカのマスコミはそうならなかった。彼らは理解しているのだろう。きちんとシナリオに沿って、レジェンドの花道をつくることが彼に対するリスペクトだということ。同時に、ファンにとって一番価値があることは「引退」を正式発表の前に知ることなんかではなく、純粋にイチローのプレーを目に焼き付ける体験だということを。

 

テレビで「体験」したぼくにとっても、本当にいろんなことを考えさせられた一夜だった。

あのイチローでさえ、最後はどん詰まりのショートゴロで終わった。人生は失敗の方が多い。でもイチローは言った。他人と比較せず、自分だけを物差しに少しずつ努力を続けることだけが、後悔を生まない唯一の生き方だと。ぼくは何も成し遂げていないし、うまくいかないことだらけ。でも後悔しない生き方はできると思った。


とんでもない偉業を遂げたスーパースターでありながら、ぼくみたいな平凡な男にとっても生きる指針になる。イチローはやっぱりすごい。

すみません

どんな円満な夫婦でも、日ごろ思っていてもなかなか奥さんに言えない不満が一つやふたつはあるだろう。実はぼくもずっと前から言えないことがある。

 

それは彼女が、こちらが些細な何かしてあげたことに対してすぐに「すみません」ということだ。たとえば家の階段ですれ違えなくて譲ったときとか、両手がふさがっているからドアを開けてやったりとか、そういうときに彼女は「あぁすみません」と言う。実家の義母もよくそう言うのを聞くから、たぶん子どもの頃からしみついているのだろう。


でもぼくは、そこは「ありがとう」と言ってほしい。彼女が感謝の気持ちで言っているのはわかっているし、なにも恩を着せたいわけではないけれど「すみません」と「ありがとう」では言われた方の気持ちはけっこう違うものだから。

「すみません」と言われると、こちらが相手を申し訳なく思わせた気持ちになってモヤっとしてしまうのだ。


前にも書いたが、プライムビデオでバチェラーを観ていて気付いたのが、彼が「ありがとう」の達人であることだ。とにかくちょっとしたことでも、心をこめて「ありがとう」「嬉しい」と伝える。そうすれば相手だって当然嬉しいし、もっと彼のためのしてあげたいと思う。コミュニケーションに好循環を生むスキルをもっていることが、彼の魅力でもあるように思った。

 

なんだけど、彼女には言えない。相手の気分を害してまで伝えることじゃないし。ずっとモヤっとしていくことだろう。ここに書いて少しだけ発散することにした。つまらない話ですみません。いや、読んでくれてありがとう。

ディーラーで学んだこと

新車の購入を考えていて、ディーラーを2店舗まわった。そこで出会った2人のセールスマンの対応は自分にとっても学びがあったので記しておきたい。


購入の動機としては、今の車がだいぶ古くなってきて買い替え時というのが一番だけど、どうせならキャンプシーズン前には車を変えたい、ということでこの時期になった。そして買う以上はできるだけ安くいい買い物をしたいから、最低2店舗は行って競合してもらうことになる。


もともとクルマに強いこだわりがある訳でなく、実用性と価格重視。正直ディーラーを訪問するのも楽しみではなく面倒くさい気持ちが強い。ましてぼくは人見知りだから、営業マンのセールストークを聞かされ、そしてどちらかは断ることになるのも考えただけで億劫だ。そんな感じで重い腰をあげて向かった。


結論から言うと、最終的な価格はどちらもほとんど同じ。担当者への印象が良かった2軒目のディーラーから買うことにした。


1軒目の担当Kさん。出迎えから見送りまで接客態度は非常に丁寧で、お店はお菓子やキッズコーナーも充実しており、子どもたちはむしろ1軒目がお気に入りだった。しかし肝心な商談になると、Kさんは「売りたい」気持ちが前面に出過ぎていた。いかにこのオプションが必要かとか、この価格がどれだけおトクかとセールストークをしておきながら、いざこちらが「このオプションはいらないかな~」と言えばあっさり引っ込めてしまう。終始、こちらと「駆け引き」をしながら落としどころを探している様子がありありとうかがえた。


一方2軒目のMさんは、初めから「限界価格」と明言して提示してきた。そしてここは純正ではなく社外品を使うとか、アルミホイールをサービスして夏用タイヤにとりつけるが、元々ついていたスチールホイールをスタッドレスの方に組み替えることでホイール1組分安くなるとか、その価格を出すための工夫と根拠を明解に、具体的に説明してくれた。その上で「足回りの防錆オプションは、雪国では融雪剤の影響があるから絶対に外さない方がいいです」と言われると、こちらも「なるほど」となる。そして説明はとてもにこやかで好感がもてる口調ながら、その端々から、駆け引きをするつもりはない、この提案に納得できなければ他の店でどうぞ、というメッセージを発しているのが伝わってきた。それは裏を返すと、お客さんにとって「ベストな提案」をしている自信だと受け取った。


1軒目のKさんは商談後もハガキをくれたり電話をしてきたりと熱心だった。そのたびに「もっと価格も頑張ります」と言うので再度訪問してみたが、具体的な提案はない。「いくらなら買うか」「そこまでは無理なので●●万円でどうか」とにかく価格の駆け引きにしかならない。Kさんとの2回目の商談を終えて価格はほぼ同等だったが、ぼくと妻は迷いなく2軒目のMさんから買うことを決めた。


ぼくも仕事柄商談をする機会が多い。売りたい、買ってほしい、その気持ちは当然だ。でもそれ以前に顧客にとって「買う価値がある」ということに、売る側が自信をもたなければはじまらない。そして自信をもてるだけの提案でなければならない。これはいろんな教科書に書いてあるような当たり前の話かもしれないが、自分が顧客の立場に立って経験できたことで、強烈な教訓として心に刻みつけられた。

ROMA···

大失敗である。


観たいと思っていたけどなかなか時間がなく、出張のタイミングでkindle fireにダウンロードして機内で観ることにした。ふんふんという感じで、なかなか良かったのだけれど、方々で大絶賛されていたことを考えると、少し物足りない感じは否めなかった。


その後アカデミー賞関連のニュースで、ROMAの映像をテレビ画面で観た瞬間、大きな失敗に気づいた。何より一番の魅力はその圧巻の映像美だった。そもそも5000円のfireタブレットで、音もロクに聞こえないうるさい機内で、鑑賞するような作品ではなかったのだ。というわけでぼくに感想を書く資格はないが、それでもあの海のシーンは胸が締め付けられるほど美しかった。あのシーンだけでもテレビで、いや劇場で観る価値があるかもしれない。

涙を分析する

父の遺品整理をしていた母からLINEで画像が送られてきた。絵が大好きな父のスケッチブックから、ぼくの長男を描いたものが出てきたのだ。息子がまだ小さいころ、ぼくが離れて暮らす両親へ、手紙に添えて送った写真をもとに描かれていた。なんともいえない感情が湧いて涙が出た。


ひとしきり感動した後で思った。この涙は何に対して流れたんだろう。「なんともいえない感情」の正体は何だろう。そんな興味をもつ自分に興ざめしつつ、考えてみた。


まずは「嬉しい」。絵に描きたいと思うくらい、ぼくの息子を愛しく思ってくれていたのだろう。父が描いた我が息子は、聞かん坊な、けれどどこか思慮深さが感じられる、なんとも魅力的な表情をしている。父さんはこんな風に見てくれていたのかという嬉しさはひとしおだ。


そして「驚き」。ふだん面と向かっては孫を溺愛する素振りを見せない父だっただけに、この意外性は大きく心を揺さぶった。


でもそれだけではないだろう。もし父が健在だったとして。ある日母が「お父さんが絵を描いたよ~」と息子の絵を送ってきたとする。もちろん驚くし嬉しいはずだ。でも涙が出るだろうか?(いや出ない。)


ということは、この嬉しさをもう本人に伝えることができない、そんな寂しさや無念さも同時に混ざっていたのだと思う。


こんな感情が一斉に押し寄せてきた結果、気づいたら涙が流れていた。そういうことだろうか。う~ん、まだまだ言語化できていない感情が混ざっている気がするけれど、今日はこのくらいにしておこう。