米澤穂信の小説はこれが初めてだったけれど、 まず文体が好みだったからのめり込んで面白く読めた。
実はこの前に、別の著者で、 こちらもとても評判が良い時代小説を読んでいたのだけど、 合わなくて途中で挫折していた。
ぼくはどちらかというと抑制がきいたというか、 感情表現が露わではない文章が好きだ。
演技に例えるなら、泣かずに泣かせるというか。
「感動させよう」「泣かせよう」 みたいな作者の意図が透けて感じられてしまうと、 とたんに醒めてしまい、 それ以上読み進める気がなくなってしまう。
まあ、ひねくれものなんでしょうね。
黒牢城は、 そんな僕が余計な勘ぐりをするスキもない磨きこまれた文章と、 緻密なストーリーが調和した作品だった。
荒木村重、 そして黒田官兵衛という実在の登場人物と史実をベースにした「 ミステリー」という枠組みに入るものらしいのだけど、
城内で巻き起こる事件と深まる謎をめぐって、 村重と官兵衛の駆け引きや、 村重の家臣に対する信頼と疑念の狭間でゆれる胸中、 そして下されるいくつかの決断など、「人」 を描いた文学作品としての読み応え、重みが感じられた。
言葉や情景から炙り出されるような絶妙の心理描写に、 常にヒリヒリとした緊張感を感じながら読み進め、
解き明かされる謎と、 辿り着く結末の見事さに読書を堪能した満足感があった。
もうひとつ面白く感じたのは、読んだ後にamazonのレビュー を見たときのこと。
もちろん圧倒的に高評価が多いのだけれど、中には「 史実の結末から逆算してこじつけただけ」 というような感想があった。
また、著者の過去の名作と比べて「色」 が異なることを残念がる人も。
当たり前のことだけれど、同じ作品を読んでも、 それまでの知識やバックグラウンドによって
受け止め方は様々に変わるんだなあと。
ぼくは米澤さんの本も初めてなら、 村重のことも官兵衛のこともよく知らず、 したがって元になる史実も知らないまま読んでおり
つまり何の事前情報もない状態だったのだけど、
もしかすると、そんな人が一番楽しめる作品なのかもしれない。
これほど完成度の高い黒牢城でも米澤ファンからは「残念」 という声が出るほどだから、過去の作品はどんなだろう。 今後の楽しみとなる作家が一人増えて嬉しい。